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自院スタッフからの祝福 後編


前回からの続き。


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というわけで、2016年2月から、僕の実質勤務時間は、週に半日になった。
スタッフからはもちろん、一部の患者さんからも、
「いったい何をしているのか?」
と聞かれた。
そういうときは、
「原稿を書く仕事が忙しくなってしまって・・・」
と答えることにした。

嘘ではない。実際に、忙しく原稿を書いていた。
ただ、そう言えば、きっと医学論文と勘違いしてくれるはず、と意識した上での言い回しだったから、嘘ではないのと同時に、本当のことを言っていたわけでもなかった。

「作家を目指して、原稿を書いているって、正直に言えばいいのに」
そう思う人も、ひょっとしているかもしれない。
でも、少しだけ、想像力を働かせてほしい。
47歳にもなる男が、そんなセリフを、恥ずかしげもなく言えるだろうか?
さらに、もし結果として本を出すことができなかったら、完全に「血迷った、愚かなる中年男」ということになってしまう(それもあながち、はずれてはいないのだが)。
この時点で、自分の書いているものにある程度の自信はあったが、それでも出版までいきつく可能性は、五分五分よりは少し低いだろうと見積もっていた。
(これが甘過ぎたことを、後になって知る件は、このブログで再三書いてきた)。
そのような理由から、肝心のところは、ぼかし続けざるをえなかった。

それから、1年の月日が、時には嫌になるほど遅く、そして時には矢のような速さで流れていく。
僕は10万字の原稿を書き上げ、四苦八苦したあげく、なんとか出版にこぎつけた。
安堵、喜びもあったが、そこには新たなストレスもあった。
患者さんはともかくとして、自院スタッフにも内密にことを進めるのは、そろそろ限界だ。
カミングアウトしなければならない。

発売開始日の翌日、僕は朝礼の場で、スタッフにすべての事情を打ち明け、ひとりひとりに自著を手渡した。
反応が怖かった。
スタッフたちが、だまされたような気持ちになるであろうことは、容易に想像できた。
僕の話を聞いて、みなが、大きく目を見開く。
こころもち、のけぞっている者もいる。
驚いて当然だ。

だが、その直後、みんなの顔に笑顔が溢れた。
そして、我がことのように喜び、祝福してくれる。
恥ずかしさから、「作家を目指す」の一言が言えないでいた自分勝手な虚栄心だけが、ポカンと宙に浮いたようにみえて、それこそが本当に恥ずべきことだった、と痛感した。

1時間後、看護師のひとりが、僕が先ほど手渡した、全員分の本をもってやって来て、僕の机に置いた。
やっぱり、いらなかったかな?
最初はてっきり、本を返しに来たのだと思った。
すると彼女は、
「全員の分に、サインをして欲しい」
と真顔で言う。
スタッフ全員が、びっくりし過ぎて、少し頭がおかしくなったのではないか、と不安になった。
永年知った仲だし、今さら僕のサインなんてもらったって、しかたがないはずだ。
「本当にサインするの?」
僕がおずおずと聞くと、彼女は黙ってうなずく。
「下手にサインなんかがあると、古本屋に売る時、値が下がるかもしれないよ」
彼女は、少し首をかしげる。僕の言っていることを、あまり理解できていないようだ。
気乗りしないまま、いつまでたってもうまくならないサインを認めた。
「宛名はいれる?」
僕は彼女の顔を、覗き込むようにして尋ねた。「宛名を入れると、いよいよ、古本屋で売るときに困ることになるけど・・・」
「売りません、ってば!」
彼女は、少し顔を赤らめながら、憤ったような口調で言った。
気分を害したのかもしれない。
僕なりの親切心のつもりだったが、よく考えれば、逆に失礼な言葉だったと、後になって反省した。
スタッフ全員、8人分のサインを描いた。
緊張と照れで、汗だくになった。

そして、昨日。
スタッフが横一列に並んだ上で、お祝いにと、花と酒を手渡してくれた。
今度は僕のほうが驚く番だ。
とっさに言葉がでなかった。

僕の身勝手な行動により、彼女たちには、多くの負担をかけている。
だから、こんな手放しの祝福は、本当に、予想も期待もしていなかった。
訳のわからないことをしでかして、みなに不快な思いをさせるのでは、と気を揉んでばかりいた。

すべてが、杞憂だった。
なぜもっと早く、すべてを正直に話さなかったのだろう?
祝福される喜びがこみ上げてくるのと同時に、人を信用するより先に、つい守りに入ってしまう自分の性格が情けなくて、涙が出そうになった。


現在、自院の隣で、T先生による新医院の建築工事が進んでいる。
今年の5月、自院は正式に廃院になり、スタッフと患者さんは、そのまま新医院に移る。
このような形でのT先生への移行は、当初、もう少し先になるかと思っていたが、忙しそうに原稿を綴る僕の様子を見かねたのか、T先生が決断を早めてくれた。

自院はなくなり、僕はさらに、自己実現に向けて邁進することになる・・・はずだ。
でも、僕は本当に、正しい決断をしようとしているのだろうか?

祝福してくれるスタッフの笑顔に触れ、今までの医師としての生活に、後ろ髪を引かれる思いがした。



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コメント

No title

世間からは堅牢を思われるポジションを自ら壊されるパワーは凄いですね。

No title

すごいのか、ひどいのか・・・(笑)。
確かにすさまじいパワーを要する決断でした。
これがよかったのか、愚かであったのかは、死ぬ間際にならないとわからなさそうです、ホント。

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プロフィール

内山 直

Author:内山 直
医師稼業からセミリタイアし、現在は「なんちゃんて」文筆家。
有り余る時間を武器に、興味のあることに次々と取り組みながら、妻、子供3人とまったり暮らしています。
2017年に「幸せの確率~あなたにもできる!アーリーリタイアのすすめ」、2018年に「4週間で幸せになる方法」をセルバ出版から上梓しました。
どんなにお金があっても、地位が高くても、はたまた美貌の持ち主であっても、幸福度に大差はありません。
このブログでは科学的見地から「幸福学」の啓蒙に努めています。

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