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A Prayer for Dan Thach 4 ~ 彼の人間性はどこでつくられたのか?

ダンは親切で、温和だ。
そして、意外と細かい面もある。
共通の友人はダンのことを、「日本人以上に日本的だ」と評する。
ただ僕は、それにちょっと違和感をもっている。

ダンは傲慢な欧米人が嫌いだと言う。
外人が集うバーで、日本の悪口を言っている客をみつけると、「じゃあ、自分の国に帰ればいいじゃないか」と冷たく言い放つ。
一気に場がしらけるが、ダンはその手の輩に、どうしても我慢ならないようだ。
一部の欧米人は、自分たちの価値観や自国での規律を絶対視していて、日本では違うことがわかると、「日本は間違っている」、あるいは「未発達だ」とみなす。
しかしダンはそれが、純粋な文化できな差異であり、優劣をつけようとすることさえ愚かだと強調する。
僕自身、人の価値観に不寛容な人がどうにも苦手なので、ダンのこの考えには大賛成だ。

ダンがそのように柔軟な姿勢で他文化に接することができるのはなぜか。
ダン自身は、若い頃に日本に来られたからだ、と言う。
ある程度年をとってからだったら、価値観はすでに凝り固まっていただろうから、今の自分とは違う意見をもっていたはずだ、と言うのだ。
その一面は否定しない。
だが、全面的に肯定もできない。
なぜなら僕は、若い頃から日本に来ていながら、いつまでも文化の多様性に気づこうとしない外国人を、何人も見てきたからだ。

僕はダンの、日本人以上に日本人的だと評される性格や、異なる文化への柔軟性は、彼の幼少期に培われたのではないかと想像している。


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前回も書いたが、ダンの父親はベトナムからの移民、母親はアメリカ生まれだが、ルーツは西ヨーロッパではなく、ウクライナにある。
ダンは1968年生まれ。
ベトナム戦争からのアメリカ軍の撤退が1973年。
この事実上の敗戦は、アメリカに大きなショックを与えたことは、皆さんもご存知だと思う。
そして、時は冷戦真っ盛り。
ウクライナはソビエト連邦の構成国だった。
今から40年前のアメリカで、両親が片やベトナム移民、片やウクライナ系であるということが、心地よかったはずがない。
これがどのくらい大変なことなのかは、当時のアメリカの雰囲気を肌で知る術がない以上、僕ら日本人に理解することは難しい。
ダンはタフなクラスメート達から身を守るため、兄弟と示し合わせた上で、両親はハワイ出身だと嘘をついていたという。
確かにダンとその兄弟は、ハワイの人のようにみえなくもない。
辛い話だ。

ダンの父親はベトナム生まれなので、英語が流暢ではなかった。
ダンにもよく、単語の発音について尋ねたそうだ。
家では辞書を手放さず、よく勉強していたとダンはいう。
ただし、いくら勤勉であったとしても、それでいい職につけるわけはない。

母親もパートで仕事をしたりしていたから、そう貧乏ではなかった、とダンは言う。
ただし、部活動をさせてもらえるほど裕福ではなかったそうだ。
唯一の活動は、小学生時代のオーケストラ。
ダンはコントラバスの担当だったそうだ。
一度、アメリカ中の優秀な少年を集め、レコードを作るという企画があり、その奏者に選出されたこともあるそうだから、かなりの腕前だったのだろう。
ただ、中学校に入った後は、学費や家計のために、放課後は働かなければならなかった。
兄弟もみなそうだったから、苦にはならなかったそうだ。

「オーケストラも半端なところで辞めちゃったけど、その経験のお陰で、今でも楽器の音を聴き分ける耳はいいんだ」
そう言ってダンは笑う。
だが、オーケストラを辞めなければならなかったことは、少年だったダンにとっては、大変な挫折だったはずだと僕は想像している。

放課後の時間を使い、中華料理屋で数年、その後は革をなめす工場で働いたそうだ。
ダンのような少年は、アメリカでは決して少なくないという。
ほぼ全員が、当たり前のように部活動をさせてもらう日本にいると、そのような社会環境がうまく想像できない。
今でもスポーツは不得手で、それはやはり、少年時代に打ち込むことができなかったからではないか、とダンは考えているようだ。
ジムで体を鍛え上げた、そびえ立つかのような大男がそう言って嘆くのを聞くと、なんだか不思議な気分になる。

ダンの父親にとっては、さらに大変な人生だったはずだ。
政治的な理由からベトナムを追われ、読み書きもままならないまま、そしてベトナム人として差別を受けながら、子供たちを養わなければならなかった。
荒れた時期もあったらしい。
バイト代を受け取ったダンからお金をせびるようなこともあり、それはダンにとって、辛い思い出として残っているそうだ。
ただし今は、父親とダンは素晴らしい関係を築いている。
妻を数年前に亡くした父親を気遣い、ダンはしょっちゅうスカイプで会話をしているし、毎年1~2回はニューヨークに帰り、父親の家に滞在する。

ダンは、ヨーロッパに行ったことがない。
それどころか、アメリカ、日本以外の国には、ほとんど行ったことがない。
行く時間とお金があれば、ニューヨークへの里帰りに回してしまうのだから、当たり前だ。
いつかヨーロッパ、特にイタリアに行ってみたいと笑う。
ただ、今はとにかく里帰りが優先だ。
母親は亡くなったし、父親だって、あと何年元気でいてくれるかわからない。
異国の地でこれだけがんばり、それなりの成功を収めてはいても、ヨーロッパ旅行さえままならない人生もあるのだと思うと、自分の半生が浮かれたものに思えて、申し訳ないような気持ちになる。

ダンはアメリカ人らしくない。
当たり前じゃないか、と僕は思う。
ただ、日本人っぽいと言われると、抵抗を感じる。
ダンは、ダンだ。
国籍、肌の色、祖先たちが住んだ国々。
様々なアイデンティティが複雑に絡み合っている。
島国の国柄にあてはめて納得できるような、単純な半生ではなかったはずだ、と思う。

(つづく)




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プロフィール

内山 直

Author:内山 直
医師稼業からセミリタイアし、現在は「なんちゃんて」文筆家。
有り余る時間を武器に、興味のあることに次々と取り組みながら、妻、子供3人とまったり暮らしています。
2017年に「幸せの確率~あなたにもできる!アーリーリタイアのすすめ」、2018年に「4週間で幸せになる方法」をセルバ出版から上梓しました。
どんなにお金があっても、地位が高くても、はたまた美貌の持ち主であっても、幸福度に大差はありません。
このブログでは科学的見地から「幸福学」の啓蒙に努めています。

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