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A Prayer for Dan Thach 2 ~バブルの全盛期に、ダンは日本にやってきた

ダンはニューヨークの大学を卒業後、すぐに日本にやってきた。
1990年頃の話だ。
いずれは地元で教鞭をとりたいと考えていたが、その前に海外暮らしを経験することは、教育者としての幅を広げるためにも、悪くないんじゃないかと考えたそうだ。
そんな中、イーオンが、日本での英会話教師を募集しているという話を聞いた。
当時日本はバブルの真っ盛りで、訪れて働いてみたいと考える外国人は多かった。
ダンが試験会場に行くと、数名の求人に対し、千人近い希望者が集まり、会場の外まで応募者が溢れていたとのこと。
とても無理だ、と思ったが、せっかく来たのだし、とりあえず受けてみた。
合格の通知を受け取った時は、うれしいよりも先に、驚いたそうだ。

ご両親は当初、たいそう心配されたとのこと。
海外はおろか、ろくにニューヨークを離れたこともないのに加え、ずっと自宅で生活していて、一人暮らしの経験もない。
それがいきなり、海外、しかも極東の地に行って働くというのだから、親御さんが不安がる気持ちはわかる。
おそらくは数カ月で、しっぽを巻いて帰ってくるだろう、とも思っていたらしい。
まさか、それから何十年間も、息子が日本で暮らすことになるなど、夢想だにしていなかっただろう。

日本に来て、最初は大宮で研修をうけたそうだ。
そこで希望地を聞かれた。
ホームシックにならないように、ニューヨークに条件が近いところを希望したとのこと。
海があって、四季がはっきりしているところ。
そうしたら、新潟が赴任地に決まった。
彼は冬になると、今でもそのことをこぼす。
「あの時、なんで暖かいところって言わなかったんだろう?
そうしたら今頃、神奈川か静岡あたりで、のんびりと海でも眺めていただろうに」

けれども僕は、実は彼がこの第2の故郷、新潟をこよなく愛していることを知っている。


新潟での初日は、悲惨なものだったとのこと。
イーオンが借り上げてくれたアパートが、ゴキブリの巣窟だったのだそうだ。
毎晩、授業を終えて部屋に帰ってから、ゴキブリ退治に奮闘する。
1か月後、彼は最終的に勝利宣言をすることになるのだが、言葉も通じない異国の地で、自分はいったい何をやっているんだろうと思った、と漏らしたことがある。

「会社にそう言えばよかったのに」
僕が言うと、ダンは笑った。
「本当にその通りなんだけどね。ほら、僕はまだ若くて、世間のことを知らなかったから。不平を言うのは悪いことのような気がしていたんだ。高温多湿な日本は、ニューヨークよりもその手の昆虫が多いってことは、あらかじめ聞いていたしね」
「帰ろうとは思わなかった?」
「それは思ったよ。でもその後、僕が決定的に日本ファンになる、ある出来事が起こったんだ」


新潟に来た後は、異国というだけでなく、言葉が通じないストレスもあり、ダンは少しずつやせていった。
そうしたらある日、ダンの住んでいたアパートの前の八百屋で働いていた中年の女性が、通りがかったダンに紙袋を押しつけてきたのだという。
女性が「オベントウ、オベントウ」と連呼しているのはわかったが、もちろんダンにその言葉の意味はわからなかった。
勤務先の学校に着いて、紙袋をあけると、おいしそうな食事が入っていた。
日本語のわかる同僚に聞くと、「お弁当はランチボックスのことだ」と笑って教えてくれた。

うれしい、ではなく、まずい! と思ったそうだ。
お金を払っていない。
日本に来て早々、警察沙汰になんてなったら大変だ。
そこでダンは、同僚に通訳を頼み、件の八百屋まで戻ったそうだ。
その女性はSさんという。
Sさんは、日ごとにやせ細っていくダンを、見ていられないと言って笑った。
お金なんかいい、どうせ娘に弁当をもたせているから、そのツイデだと言うのだ。
ダンには、本当に最初はわけがわからなかったそうだ。
ただ、アメリカには絶対にない種類の親切がこの国にはあるということだけは、しっかりと理解した。
自分は素晴らしい国にやってきた、と確信したそうだ。

この話にはオチがあって・・・。
半年後、日本に慣れ、日本語も多少は操れるようになったダンには、日本人の彼女ができた。
うれしくて、自分のアパートにも連れてきた。
彼女と一緒にいても、Sさんの八百屋の前を通る時、いつもどおりに挨拶した。
舞い上がっていたので、その時のSさんの表情には、気づくはずもなかった。

次の日、いつも通り八百屋に寄ったのだが、Sさんは弁当を渡してくれない。
ダンが首をかしげると、Sさんははっきりとした口調で言ったそうだ。
「彼女ができたんなら、彼女に作ってもらいなさい!」


もちろん、理屈としてはわかる。
彼女がいるのに、いつまでも私の好意に甘えるな、と言われてもしかたのない話だ。
ただ、僕がこの話が好きなのは、そこにSさんの嫉妬もあったであろうということだ。
女性としてだったのか、あるいは、完全に母親の気持ちだったのかまでは、わからない。
その女心に気づかなかったダンは、毎日楽しみにしていたお弁当を失うことになった。
「あれは失敗だったなあ」
とダンは頭をかく。
「隠れてつき合う、となると行き過ぎだけど、せめて紹介のしかたを工夫すべきだったよ」

当時、23歳の青年だ。そこまで気が回らなくて、当然だろう。

(つづく)




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カナダから僕の旧友、ベニー(前段中央)が遊びに来た時の写真(2015年)。
僕は当時はまだ医者で、、今よりはかなり太っている。
前段の向かって右は新潟芸妓一の売れっ子で、左は伝説的なベテラン。
ふたりの予約がとれたのは、本当にラッキーで、素晴らしい宴席になった。



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プロフィール

内山 直

Author:内山 直
医師稼業からセミリタイアし、現在は「なんちゃんて」文筆家。
有り余る時間を武器に、興味のあることに次々と取り組みながら、妻、子供3人とまったり暮らしています。
2017年に「幸せの確率~あなたにもできる!アーリーリタイアのすすめ」、2018年に「4週間で幸せになる方法」をセルバ出版から上梓しました。
どんなにお金があっても、地位が高くても、はたまた美貌の持ち主であっても、幸福度に大差はありません。
このブログでは科学的見地から「幸福学」の啓蒙に努めています。

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